“医者よ、信念はいらないまず命を救え!”
この本を読んで、僕は10年前のことを思い出していた・・・
—————————————————————————
「よし、今からいろんな大人の生き方を読んで、
一番かっこいいと思った人の職業を目指そう」
高校3年生になったばかりの4月のある日、
僕は図書館で思い立ち、いろんな職業の人の伝記を読み漁った。
それまで僕は、なんとなく社長とか経営コンサルタントとかカッコ良さそう、
というテキトーな気持ちで、経済学部を志望していた。
そんな僕に衝撃が走った。
「こ、こんなに身を挺して人の命を救おうとする人がいるのか!」
それは一冊の、国境なき医師団の活動を取り上げた本だった。
国境なき医師団になるためには、まずは医者にならなければならない。
そう思った僕は、
その日から、それまで捨てていた物理や化学の勉強を始め、
文字通り寝る間を惜しんで勉強を続け、医学部へ入学した。
・・・・・・・・・
大学1年生になり、受験勉強から解放されて、
部活やゲーム三昧で自堕落な生活をしていた僕に、再度衝撃が走った。
それが、中村哲先生の活動を取り上げたあるテレビ番組だった。
ハンセン病の治療をするためにアフガニスタンに赴任した中村先生は、
アフガニスタンの病院で従事するうちに、
ハンセン病以外の感染症で亡くなっていく人たちをみて、
そのほかの感染症も治療する体制を作ろうと決心し、
医療の届かない山奥に診療所を作り、巡回診療を始める。
そして、そのタイミングで、アフガニスタンを大干ばつが襲い
「キレイな水がない」だけで下痢で亡くなってしまう子供達をみて、
中村先生は次に、「井戸を掘る」ことを始めた。
”病気はあとで治せるから、まずは生きておりなさい”
人の命を救うことだけを考えて、
ただひたすら、愚直に、素直に生きている中村先生が、
輝かしかった。
その後に着手した運河が完成し、
映像の終盤で運河に水が流れ、砂漠に緑が戻った映像をみて、
僕の目から自然と涙が溢れたのを覚えている。
この本は、医学生に向けた講演会を元に書かれており、
中村先生の生の声が聞ける、そんな内容となっている。
中村先生のアフガニスタンの活動のうち、井戸を掘った時期くらいまでの前半戦とも言える範囲の内容にはなるが、
特に文量も他の中村先生の本と比べると読みやすくなっており、何より医学生に向けたメッセージなので気持ちが入ってくる。
ただ、
医学生のころ、1つだけ中村先生の発言で、府に落ちてなかったことがあった。
いつも中村先生は、アフガニスタンで従事し始めた理由を聞かれると、
「僕はたいそうな気持ちは全くなく、最初はただフラッとアフガニスタンに赴任することになっただけ」
と飄々と言ってのけてしまう。
国際貢献がしたくて医師を志した僕には物足りなかった。
この本の中でも医学生からの、
「将来海外で医療をしたいと思っているのですが、どんな覚悟を、どんな志をもてばいいのか教えて下さい」
という質問にこう答えている。
水を差すようですけれども、だいたい「こうしたい」と思ってその通りになることはあんまりないんですね(笑)。仕方ないよなあと思って、したくなかったことを、ずるずるとやることの方が多いのです。だからといって志をもつのがダメだというのではなくて、それはそれで温めておかれてですね、そして犬も歩けば棒に当たる(笑)という気持ちで良いのではないかと思います。
縁があればといいますけれど、縁といってばかにしてはいけません。何かのえんで、海外医療に従事しようと思っていたのが東京の小さな診療所で終わってしまったということもあるかもしれない。離島に行ったらあるいは医者を辞めて井戸を掘っていたかもしれない。しかしその時に出会う事柄だとか人に対してですね、誠実にふるまうという態度を崩さずに自分が納得できる人生を送ればいいのだと思います。
もちろんうちに来てもらえればありがたいですけれども。期待せずに待っております。
ヤル気ある学生に、なんでこんなこと言うんだろう、と医学生の頃の僕は思ったが笑、
医師5年目になって色々とキャリアを考える中で、
こういう気持ちが大切なんだな、
大事なのは
「志として温めておくことなんだ」
と思えるようになっていた。
中村先生の訃報を聞いて、
この本を読んでみたが、中村哲先生の達観していた部分の妙味が分かるようになっている自分に気づき、驚いた。
この半年ほどの間に
僕が一番尊敬していた医師である中村哲先生が凶弾に倒れ、
新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるった。
そんな今、
僕は5年間の臨床の期間に区切りをつけて、来年からは国際保健・公衆衛生の道へ進むべく、大学院進学を目指している。
僕が歩けば、どんな「棒」に当たるのだろう。
中村哲先生みたいにスーパーマンになれなくたっていい、
僕は僕なりにやってみよう、と思う。
中村先生のいう「無鉄砲さ」
それだけはいつまでも持ち続けて
布施田泰之